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コラム

心の報酬でモチベーションを支える

 

これまで3回にわたって“自主性”にスポットを当てながら、「自主性の罠」「自主性を育てるための仕組み」「自律型人財を育てながら結果を出すためのマネジメント」についてシリーズでお伝えしてきました。

 

今回はその締めくくりとして、健全な自主性を育み支える“心の報酬”について考察していくことにします。「心の報酬」とは聞きなれない言葉ですが、自主性とどういう関係があるのでしょうか?自主性を育みモチベーションを維持~強化するための理論的なヒントを交えながら紹介します。

 

3回で自主性を育てる仕組みづくりのポイントとして、(1)目的や趣旨をしっかり伝える → (2)指示を具体的にする → (3)モチベーションに配慮する → (4)プロセスを見守る → (5)人事評価できっちり評価する という流れを紹介しました。(詳しくはコチラ→ 自主性を育てる仕組みづくり

順番は前後しますが、今回は「(3)モチベーションに配慮する」 についてです。「心の報酬とモチベーション」について解説します。

 

「物理的な報酬」と「心の報酬」

 

報酬というと、通常は給料、ボーナスや出世のような金銭がらみのものを思い浮かべます。しかし、「人間が求めるのはお金がすべてではない」ともよく言われます。では、こうした人たちの声に応えるお金以外の報酬とは何なのでしょうか。

 

働く上で人がもつ感情としては、顧客、上司、同僚などから認められ、ほめられることなどで得られる「モチベーションの向上」(=自己の存在の肯定感)。仕事において自分が着実に成長し、将来的なキャリアアップへつながる「成長感」。やりたい仕事ができ、目標を達成することで得られる「仕事のやりがい」。そして、自分の夢や理想に近づく「自己実現」などが考えられます。

このように人のもつ自然な感情に報いるものを、フリクレアでは給料や昇給などの「物理的な報酬」に対して『心の報酬』と呼んでいます。

 

「物理的な報酬」については、残念ながらこの四半世紀日本企業が内部留保の割合を高めているため、会社の業績は伸びても賃金自体は伸び悩んでいる状況が続いています。一方、働く人々のマインドも変化し、金や出世がすべてではなくなってきています。

そういった中でも、失われた期間に日本の会社がないがしろにしていた「心の報酬」を充実させることは可能です。これからは人間性を重視する日本的な考え方を復活させていくべき、との指摘も各方面でなされています。

 

やっぱりがんばっているところも認めてもらいたい

 

心の報酬の一例として、「ほめられたい」という感情について少し掘り下げてみましょう。正直なところ、評価される側は結果だけでなく「地道にがんばっているところも評価してもらいたい」と思っています。経営あるいはベテランも形やレベルは違えど同様です。

日本人は会社がおかれた状況を理解し、会社の利益を優先することができます。給料が上がらなくてもあまり文句を言わずに働きます。しかし少なくとも、上司や先輩、同僚から、自分ががんばって貢献しているところは認めてもらいたいと思っているのです。

 

特に「若い世代はこういったことに飢えている」という指摘があります。Facebookなどでいいね!を欲しがるのはその端的な例です。

誤った成果主義の導入以降、かつての日本のよさであった課やチームという単位で人を育てていく雰囲気や文化がなくなりました。結果、本来社会人として与えられるべき会社における一種の愛情というものが、十分与えられていないというのです。

「今のマネージャクラスが、下をどう育てればよいかわからないのだ」とも言われます。無理もありません。自分もそうやって会社において愛情をもって育てられた経験がないのです。

 

モチベーションをどうとらえるか

                                                                                         

「心の報酬」という言い方をすると精神論的なイメージでとられるかもしれませんが、モチベーション(動機づけ)については、心理学の見地から様々な研究がなされています。

モチベーションを論ずる場合、大きく分けると二つのアプローチがあります。一つは、人は何によって動機づけられるかという〝動機づけの内容〟に注目する「欲求説」。そしてもう一つは、人がどうやって動機づけられるかという〝動機づけの過程〟に注目する「過程説」です。

 

前者で有名なのがマズローの欲求段階説(自己実現理論)です。そして、マズローの考え方を基礎にしたマグレガーのX理論・Y理論があります。後者のわかりやすい理論としては、ポーター=ローラーの期待理論があげられます。 

欲求段階説で人間の欲求レベルをとらえ、期待理論でモチベーションを維持しながら、X・Y・Z理論を応用し社員の欲求レベルに応じて、柔軟にマネジメント手法を使い分ける「営業プロセス見える化マネジメント(フリクレアマネジメント)」を提唱していますが、これについては(前回コラム)自主性を育て結果を出す“営業プロセス見える化マネジメントを参照ください。

 

少し遠回りになりますが、このあたりを理解してもらうために、モチベーション理論の基礎知識が必要になりますので概要を紹介します。

欲求段階説

 

   人間のもつ欲求を段階的に示して説明したのが、米国の心理学者アブラハム・マズローです。彼の「欲求段階説」は、人間の欲求を5段階の階層に分け、低いレベルの欲求が満たされると、人間はさらにもう一つ上の高いレベルの欲求を満たそうとし、最終的には自己実現を求めるようになるというものです。

有名な説なのでこのあたりは読み飛ばしてもらって構いません。詳細は割愛しますが念のため簡単にポイントだけおさらいしておくと、「生存・生理的欲求」「安全・安心の欲求」「所属愛・帰属の欲求」「自我・尊敬の欲求」そして「自己実現の欲求」が5段階の欲求です。

生存欲求、安全欲求あたりは今の日本では問題になることは多くありませんので、これを現代の仕事中心のとらえ方に置きかえると次のようになります。

 

※余談ですが、有名なピラミッドの図はマズロー自身の著書には描かれていないとのことですが、あまりにも有名な図なのでこのコラムでもフリクレアなりに修正して活用しています。

 

(図1)〔現代版〕仕事の欲求5レベル

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〔現代版〕仕事の欲求5レベル

     (レベル1)仕事・給料確保

          はじめの頃は、仕事を見つけ、給料をもらうために一生懸命に働く。

     (レベル2)防御・安定

そのうち、今の状態を維持したい、職を失いたくないという防御本能と安定志向が出てくる。

     (レベル3)承認・帰属

次に、基本的な立場が安定すると、会社の一員として認められ、人並みの給料と暮らしぶりを得たいという組織承認や帰属を意識するようになる。

     (レベル4)尊敬・賞賛

さらに、よい仕事をすることにより上司や同僚から自分の能力を認めてもらい、尊敬・賞賛され、出世したいと思うようになる。

     (レベル5)自己実現

最後は、自分のやりたい仕事や自分らしさを発揮できる創造的な活動をして、何かを成し遂げたい、自分の夢や理想を実現したいと思うようになる。

 

ここで、注意しなければならないのは、あくまで自己実現を求めてのことであって、成功したい、他人から賞賛されたいという気持ちがあるのであれば、それはまだレベル4の尊敬・賞賛の欲求ということです。本当の自己実現には、利害を超越して社会をよくしたいというような、ある種の奉仕の精神、あるいは無償の美学という感覚が含まれているのが特徴です。

 

自主性を活かすためのマネジメントでは、人の欲求レベルをこの〔現代版〕仕事の欲求5レベルをベースに考えていきます。

 

X理論、Y理論、そしてZ理論

 

米国の経済学者で心理学者でもあるダグラス・マグレガーは、『企業の人間的側面』において、X理論とY理論という二つの対立する考えを示しています。経営陣がどのような仮定に立って社員を〝管理〟しようとしているかで、その会社、職場そして部下の性格までもが決まると言います。

 

【X理論】

X理論では、経営者は次のように考えます。

「普通の人間は、生まれつき働くことは好きではなく、できれば仕事はしたくないと思っている。だから、たいていの社員は統制・強制・命令により管理されなければ、まともに働かない。向上心や野望ももたず、給料がもらえて安定した生活ができればよいと考えている」

 

X理論では、マズローの欲求段階説における「生存・生理的~安全・安心欲求」段階の人間を想定しています。経営者は、「目標が達成できればほめてやるが、できなければ怒り、場合によっては処罰する」といったアメとムチによる〝人の管理〟を行います。

X理論の問題は、社員が一定の生活水準に達し、より高次の欲求を求めるようになると効き目が薄れてしまう点です。また、X理論に従って経営を行う経営者は、会社の業績が上がらないのを、一緒に働く人間の性格のせいにしてしまいます。

 

【Y理論】

 一方、Y理論では経営者はこう考えます。

「普通の人間にとって、働くことは自然なことであり、仕事が嫌いなわけではない。目標達成のために懸命に努力するかどうかは、報酬や労働条件次第である。基本的には責任感があり、企業の問題を解決するための能力ももっている。企業は人間のもつ潜在能力のまだ一部しか活用できていない。環境を整え人間のさらなる可能性を解放すれば、企業の業績はもっと向上するはずである」

Y理論では、「所属愛・帰属の欲求」以上の人間が想定されています。やりがいのある目標と責任を与えることによって社員を動かしていく、チャンスを与えるマネジメント法になります。

 

一見、Y理論の方が現代のマネジメントにはよさそうです。しかし、ドラッカーはY理論を支持しながらも、Y理論もX理論と同様に「所詮、人間はまじめに働かないのだから、アメとムチで管理しなければならない」という同じ前提に立つものであり、命令と従属の関係は変わりがないと批判しています。X理論と比べてY理論では、承認や尊敬、賞賛というより高い次元の欲求を刺激しますが、これも一種のアメとムチの〝心理操作〟による支配に過ぎないと言うのです。

 

なおY理論では、経営などがうまくいかない場合に社員は、人間のもつ能力を引き出す手腕が経営者にないからだと考えます。従って、社員が怠けたり、責任をとりたがらなかったり、創意工夫がなかったりしても、その原因は経営者の経営能力にあるということになるのです。

 

【X理論とY理論あなたはどちら?】

 

管理者になると、意識しているか否かの差はあるものの、部下の動機づけの仕方について何らかの持論をもっていると言われます。そして、どのような持論かによって、部下の働き方や組織の実態が決まってくるのです。このように、自分が信じている考え方が現実のものになることを「自己成就的予言」と言います。

 

上司が、「自分の部下は能力が低くてやる気もなく信頼できない。厳しく指導しないと動かない」という前提でいると、実際に部下はそのようになってしまいます。つまり、X理論の職場ができあがるのです。

逆に、「自分の部下はやる気も能力もあり信頼できる。部下を活かすも殺すも自分次第である」と考えていれば、Y理論に沿った組織ができあがるのです。

さて、「X理論とY理論、あなたはどちらでしょうか?」

 

社会の生活水準が上がり、すでに生理的欲求や安全欲求などの基本的な欲求が満たされている今の時代では、X理論による管理では社員のモチベーションを維持したり、上げたりすることはとうてい期待できません。

しかし残念なことに、現実的にはまだまだ多くの企業が、X理論によって社員を管理しているというのが実態です。『ビジョナリーカンパニー』を書いた米国のジェームズ・コリンズも、「現実にはX理論的経営管理が大半の組織において支配的だ」と言っています。

 

例えばかつて、成果主義を真っ先に取り入れた富士通の経営者が、業績を下方修正した理由を聞かれて「従業員が働かないからいけない」と発言してひんしゅくを買ったことがあります。この社長はまさにX理論経営の信奉者だったわけです。

また、いまだに多くの会社で見られますが、上司の言うことをよく聞くイエスマンタイプを評価してしまうのも、まさにX理論的な管理を行おうとする経営者の本音の部分に潜む「基本的には社員を信用していない」という人間観が反映されているという説明ができます。

 

【Z理論による人間重視の経営】

 

X理論・Y理論はマズローの欲求段階説が基礎になっていますが、マズロー自身は「Z理論」という次の時代を見すえた新しい理論を模索し始めていました。

Z理論の草稿では、「重要なのは、金銭以外にもさまざまな報酬が存在すること。そして、物質的に豊かになり精神的にも成熟してくると、金銭的報酬の重要性は低下し、より高次の報酬の重要性が高まるということである。金銭的報酬が相変わらず重視されているように見える場合もある。しかし、その場合でも、金銭のもつ本来の機能が重視されているのではなく、愛や賞賛、尊敬を勝ち取ることができる地位、成功、自尊心の象徴として重視されることの方が多いのだ……」としています。

 

つまり、物質的に豊かになった現代では「自分がきちんと評価され、さらに上の仕事をまかされることにより、自己実現に至る機会を与えてもらっている」ということが「高次の報酬」なのです。一見、Y理論と似ているようですが、管理する側から見るのではなく、社員の内発的な欲求に立脚している点が異なります。

 

ここで一連のシリーズでお伝えしている“自主性”の話につながってきます。

(関連コラム)自主性の罠? ― 創造性は基本習得の後に生まれる; 自主性を育てる仕組みづくり; 自主性を育て結果を出す“営業プロセス見える化マネジメント

 

残念ながらマズロー自身は研究半ばで他界してしまいましたが、Z理論の基本精神は確かにその後のビジネス界に息づいています。数十年先を見通す卓越した洞察であったことは現代に生きる我々が証人なのです。

 

期待理論

 

人がどのような心理的プロセスで動機づけられ、行動の選択とその持続がなされるのかというメカニズムを理論化した「過程説」にも人事評価との関連性を示す興味深い指摘があります。代表的なものとして、L・W・ポーターとE・E・ローラーによって提唱された期待理論モデルを紹介します。

 

この理論では、「人間は報酬を手に入れるために、目標達成に向け努力する。努力の成果が正当に評価され、相応の報酬で報われると、満足感を覚える。報酬への期待が満たされることによって、モチベーションが再び高まる」と考え、報酬への期待と評価の因果関係をわかりやすく説いています。

 

ここで注目したいのは、人事評価の納得性の大切さです。公正で納得性の高い評価が存在しなければ、期待理論によるモチベーション循環は成り立ちません。つまり、期待理論は、報酬に対する公正感という観点から、評価の重要性を裏付けしているのです。そして、自主性を育て支えるためにも、人事評価がポイントになってきます。

 

モチベーションが形成・維持されるメカニズムは、図2で示す心理的プロセスをたどるとわかりやすく理論的に説明できます。その趣旨を次に簡単にまとめました。

 

(図2)ポーター=ローラーの期待理論モデル

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()   人は報酬を得ることをモチベーションとして、目標を達成しようと努力する。

()   努力・能力・センスを合わせた結果として成果が出ると、それに対して与えられるべき報酬への期待が膨らむ。報酬には、「内発的報酬」と「外発的報酬」の2種類がある。

()   納得のいく評価が行われ適正な報酬で報われれば(報酬の公正感)、満足感を覚える。実際得られた報酬とそれに対して感じた満足度(フィードバック)の差が、その後のモチベーションに影響してくる。

()   報酬への期待が満たされることによって、さらに上の次元を目指したいという気持ちが起こり、再びモチベーションが高まる。

()   この心理的プロセスが循環的に続くことにより、モチベーションが維持され、実力と結果が高まっていく。

 

 

ここまで自主性や自己実現を支える基本となる、欲求段階説と期待理論について図を交えながら説明してきましたが、6000字超の長文になってしまいましたので、今回はこのあたりで止めておいて、また回を改めて「自己実現」についても詳しく解説する予定です。

 

参考文献:

『完全なる経営』(A.H.マズロー) 『企業の人間的側面』(ダグラス・マグレガー) 『さらばイエスマン 人が活きるプロセス評価』(山田和裕)

 

今回も最後まで読んでいただきまして、ありがとうございました。

プロセス標準化・見える化を活用した人財マネジメントやプロセス評価にご興味のある方は こちらからご連絡ください。

 

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()フリクレア 代表取締役

山田和裕


(2021年04月26日)

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