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コラム

ほめて育てるは正しいのか?

 

 

ほめて育てる?

 

「ほめて育てる」が今時の人財育成の新常識となってからしばらく経ちます。教育を受ける若手からしてみれば、直感的には確かにその方が好ましいように感じます。「自分はほめられて伸びるタイプです」と言う人も実際によくいます。

ただし、言うは易し行うは難し。育てる側からすると、ほめるだけですくすくと育ってくれれば苦労はありません。変にほめればつけあがり、少し厳しくするとパワハラ呼ばわり。現実はそう簡単にいかないので、みなストレスを抱えながら悩んでいるのです・・・。

 

「ほめるところはほめ、改善すべき点はしっかり教えた上で、必要に応じて時にはそれなりに厳しく」というのが教科書的な答えです。

とはいえ、本人のために良かれと思ってもちょっと厳しく指導すると、受け手の取り方次第で、パワハラ呼ばわりされる怖さがあります。そういった風潮に敏感にならざるをえないので、現実的には優しさの度合いが高くなり、安易にほめる方向に流れがちです(わかりやすく言うと、甘やかしすぎ)。

育成責任のある上司や先輩から見れば、実にさじかげんが悩ましいところです。

 

ほめられるだけではもの足りない

 

一方、育てられる側も、本音ではほめられるだけではもの足りなく感じています。成長意欲の高いゆとり世代・Z世代は、自分の実力アップ、キャリアアップにつながるような経験を望んでいるので、ゆるすぎる職場は人気がありません。

仕事が楽すぎて、ここにいても成長できないと感じる会社は、すぐに見切って辞めてしまうそうです。

 

(関連サイト)いつの世も変わらない人財育成の本質

 

(図)ほめられるだけではもの足りない

ほめて育てるは正しいのか?

 

じゃあ、どうする?

 

「じゃあ、どうすればよいのか?」――― 具体的にプロセスを示し、プロセスをほめることです。面白いことに、ほめるといっても、結果だけをほめるのは逆効果であることが、学術的に研究されています。

 

その根拠を『学力の経済学』の該当箇所を、適宜修正の上、引用しながら解説します。

同書は主に子供や学生を対象に、科学的根拠(以下、“エビデンス”)に基づき、教育を経済学的に分析する論理を展開しています。

 

会社の若手は年齢的には子供ではありませんが、入社して2~3年目くらいからの20代は、社会人としての成長途中の卵 = 子供とも考えられます。こういう例え方をすると、もしかすると不愉快に感じる人もいるかもしれませんが、アナロジー(類推力)を働かせて、「ビジネスにおける子供」というとらえかたをして解説することにします。

 

「ほめて育てるは正しいのか?」

 

 そもそも、なぜ「ほめて育てる」ことが支持されているのでしょうか?

「子供をほめて育てると、自分に自信を持ち、様々なことにチャレンジできる子供に育つ」という考え方が基本にあるようです。一言でいうと「自尊心を高める育成法」ということです。

 しかし、「自尊心を高めると学力が高まる」というエビデンスはほとんど存在しません。

それどころか、「自尊心と学力の関係は相関関係にすぎず、因果関係は逆である。学力が高いという原因が、自尊心が高いという結果をもたらしている」という身も蓋もない結論が研究(フロリダ州立大学/バウマイスター教授ら)で出され、仮説は否定されています。

 

むやみにほめるのは逆効果

 

 さらに、同研究では「子供の自尊心を高めるような取り組みは、時に学力を押し下げる負の効果を持つ」と警鐘を鳴らしています。

 加えて、「悪い成績を取った学生に対して、むやみに自尊心を高めるようなことを言うと、事実を反省する機会を奪うだけでなく、根拠のない自信を持った人間にしてしまう」という負の効果があることが、別な実験(バージニア連邦大学/フォーサイス教授ら)で裏付けられています。

 わかりやすく言うと、「あなたはやればできるのよ」などと、根拠もなく子供をほめると、実力のないナルシストを育てることになりかねないということです。

 

性善説に基づく新常識やこうあってほしいという希望的観測は心地よいですが、その前提を覆されると、心にグサッと刺さる気がするのではないでしょうか。

 ただし、これはほめることを否定しているわけではありません。重要なのは「ほめ方」です

 

能力ではなく、達成した内容をほめる

 

ほめ方に関する実験結果も興味深い結果を示しています。「子供のもともとの能力(=頭の良さ)をほめると、子供たちは意欲を失い、成績が低下する」というのです。論文のタイトルはその名もズバリ『能力をほめることは、子供のやる気を蝕む』(コロンビア大学/ミューラー教授ら)。

 

子どもをほめる時には、「あなたはやればできる」ではなく、「今日はちゃんと1時間も勉強できたね」のように、具体的に子供が達成した内容を挙げることが重要だそうです。そうすることによって、さらに努力を引き出し、難しいことでも挑戦しようとする子供に育つ、という知見には示唆するところが多いと感じます。

 

結果とプロセス どちらにほうびを与える?

 

「テストでよい点を取ればごほうび」「本を読んだらごほうび」。このうち、子供の学力を上げるためにはどちらが効果的でしょうか?

直感的に考えれば答えは前者ですが、ハーバード大学/フライヤー教授の実験結果は逆でした。学力テストの結果がよくなったのは、テストの成績を上げるために必要なプロセスである本を読むことに、ほうびを与えられた子供たちの方でした。

ちなみに、上記質問は営業では、「結果を出せば評価する」「結果につながるプロセスをちゃんとやったら評価する」と言い換えられます。

 

この実験で、なぜ、「テストでよい点をとる」という結果にほうび与えることは効果的でなかったのでしょうか?

本を読むというプロセスにごほうびが与えられる場合、何をすべきか明白です。本を読めばよいわけです。一方、テストの点という結果にほうびが与えられる場合は、何をすべきか具体的な方法は示されていないのが問題です。

 

ここから得られる重要な教訓は、「結果そのものではなく、結果を出すためにやるべきこと(プロセス)への取組に対してほうびを与えるのが効果的だ」ということです。

 

結果にほうびを与える時は、まずやり方を教える

 

さらに、実験後の調査によると、結果にほうびを与えることがうまくいかなかった理由がハッキリと示されていました。

結果にほうびを与えられた子供たちは、今後どうするかという問い対して、「しっかり問題文を読む」「解答を見直す」などの、テクニックについての答えに終始していました

「わからないところを先生に質問する」「授業をしっかり聞く」というような、本質的な学力の改善につながる方法までは、考えがおよんでいませんでした

 

ここで「だとすれば、本質的な方法を教えればよいのではないか」という仮説が浮かんできます。

この仮説については、次のような見解があります。「目標のためにどのように努力すればよいか具体的に教えてくれる指導者がいる場合は、結果にほうびを与えても学力が改善する。つまり、結果にほうびを与える場合には、まず、どうすれば結果を挙げられるのか具体的に方法を教え、導いてくれる人が必要である」(ニューヨーク市立大学/ロドリゲス准教授の研究)

 

「いい上司」に出会うと人生が変わる 

 

営業やビジネスだけでなく、何事でも才能のあるなしという話に陥りがちです。「できる人」は特別視されやすく、「あの人だからできるのであって、自分には才能がないから無理」とあきらめてしまう人もいます。

学生時代の勉強に例えれば、頭の良さは生まれつきや、家が裕福で教育にかけるお金があるかなど、遺伝や環境に左右される要素も確かにあります。

ただ、生まれついての才能だけで片づけてしまうと、そこで話は終わり、思考停止に陥ります。すべて「才能」のだというのであれば、夢も希望もなく誰も努力しようとません。

 

一方、教育分野では、子供自身ではなんともならない制約を取り払い、ポテンシャルを開花させることができる要素があります。「先生」という大切な存在です。実際、素晴らしい先生に出会って、ある教科やスポーツが好きになり、人生が変わったという話はよく聞きます。

 

才能がすべてではなく、ある分野に興味を持ち、時間を使って打ち込めばその道の達人になることができます。人の能力は実はそれほど変わりません。想いを持ち覚悟を決めて、あることにつぎ込んだ時間が大切なのです。

どんなに才能があっても努力しなければ大成することはできません。才能がなくても正しい努力を行えばその道のプロになることができます。

 

ビジネスに言い換えると、「よい上司や先輩、同僚に会って、正しい仕事のやり方を教えられれば、人生が変わる」ということです。 

では、「いい上司」とは、どんな上司を指すのでしょうか? 私はその仕事が好きになる「気づき」のきっかけを与えられることが一つの条件だと思います。

あることを契機に仕事の面白さに気づくと、もっと自分の能力を上げたいという探求心が芽生えます。すると自発的動機に動かされるので、他人に強制されなくても自然と努力するようになります。

 

そして、もう一つの条件。他人と比較するのではなく、昨日より今日、今日より明日と以前の本人と比較して、一つひとつのプロセスができればほめてやり、成長していることをフィードバックして、着実に成長させられる上司こそが「いい上司」なのだと考えられます。

 

ただし、各上司の個人的な素養(属人性)に頼ってはいけません。組織で教えることやほめるプロセスを標準化・見える化して、上司の育成の指針をそろえる。そうすることで、結果を出すための正しいプロセスを示し、ほめながら育てることが可能になります。

 

参考文献:『学力の経済学』(中室牧子)

本コラムでは長くなるので割愛しましたが、同書では科学的研究やエビデンスの内容について詳しく書かれています。深掘りしたい方は同書を読んでみてください。

 

 

今回も最後まで読んでいただきまして、ありがとうございました。

他とはちょっと違った人財育成のノウハウや、プロセス見える化に興味があるの方はこちらからご連絡ください。

 

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()フリクレア 代表取締役

山田和裕


(2023年01月25日)

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